今 私の弟は 6年間の仕事を辞め 1年の世界旅行? 旅に出ている
前にも ここで書いたが かれのホームページがあり それが 面白いから毎回チェックしている
その中に 面白い記事があったから 今回それを 皆さんに紹介したいと思う!
タイトルは ⬇
『オウム事件と原発事故の本質』
Posted on 2012年5月17日 MIXING WORLD :http://quitjapan.com/wordpress/
ちょっと固い文かもしれないけど 是非読んでいただきたい!! どうぞッ!!
"オウム事件の本質が宗教ではないように、福島原発事故の本質は原子力技術ではない。どちらも問題は日本型組織にある。遡れば、太平洋戦争の惨めな敗北の淵源もそこにあった。理不尽な組織運営がなされ、誰が見てもおかしな慣行が許され、ついに組織全体が滅びに至るまで自力では改められない。"
あるツイッターより
小さい頃から、群れるのが苦手だった。。
言い方を変えれば、集団の中に身を置く事に
強い拘束感と嫌悪感をいつも感じていた。
それは大人になって今も変わっていない。
組織というものが、それが例え学校のサークルのようなカジュアルなものでも苦手だった。
集団にいると、
自分が自分でいられないという不思議な現象が昔から起きていた。
それに強い違和感を感じていた。
自分としては、4人以上は何であれ、もう集団である。
先日、会社員時代の上司の方から
ポストカードのお礼のメールを頂いた。
会社員時代を振り返れば、
最初の1年目を除いて、
ことごとく様々な上司(副部長・部長)に恵まれた6年間だった。。
彼らはみな40歳以上のミドルだったが、
尊敬という言葉はまだ良く分からないので使えないが、
単純に人として好きだった。
それが僕が感じる「上司に恵まれたどうか」の基準だった。
成長とか尊敬とかは関係ない。
好きかどうか。仕事を抜きにして一緒にいたいかどうか。
それぞれ性格はまったく違う人たちだったが
いま振り返るに、どの人も
「自分はこうありたい」というものをもっていたような気がする。
その「こうありたい」が単なるエゴでなく、
インテリジェンスと渋さに裏打ちされていてそれが好きだった。
そして時には「集団」ひいては「組織」に
ノーと言える気概も持っていた。
会社員時代を振り返れば、
前述した上司の方々のように
ひとりひとりはみんな個性的でポリシーがあり
そしてそれに習って人生を生きている魅力的な人が大勢いた。
それは同期もそうだ。
みんな一対一で話す時はとてもディープで親密なとこまで行ける
魅力的な人が多かった。
しかし、みんなで集まるとなると途端に宴会芸みたいな雰囲気になって
みんな”ある”キャラクターに画一化される。。
それがいつも不思議で、そしてそれが微妙に嫌だった。
自分はいじられるキャラなので、それは最初はまあ良かったが
毎回毎回そんな感じだったので、非常に飽きてきた。
僕が過去に同窓会というものに顔を出したがらないというのも
ここらへんと関係がある。
お花見も川べりでのバーベーキューも苦手だろう。。
前回の記事で
1995年と2011年って何だか似てるよな~と思ったので
こんなことを書いている。
1995年は阪神大震災とオウムサリン事件があった年。
2011年は東北大震災と福島原発事故があった年。
地震と目に見えない毒ガスのようなもの。。
非常に酷似している。。
そして酷似しているのは何もこういうものだけでない。
事件の発生の原因も非常に似ている。
地震は天災なのでこれは仕方ない部分がある。
問題はサリンと福島原発事故のほうだ。
2・3年前にオウムの事件について、なぜだか興味が湧き、
いろんな書籍や動画を見て調べていた時期があったが、
オウム真理教という集団はすでにあのサリン事件が起こる前から
かなり警察によってチェックされていたらしい。。
そして、サリンという毒ガスについても
そのようなものを製造しているという事実が既に分かっていたと記憶している。
またオウム真理教という団体に関しても、
あのようなきな臭い動きに出る前は
教祖の麻原がテレビの人気お笑い番組に出て笑いを取っていたり
一風変わった怪しい宗教団体みたいな扱われ方で
メディアや国民に受け入れられていたような感じだった。。
みんなその時は、ノーマークだった。。
片や、原発事故である。
原発エネルギーというものがあるという事は
2011年以前から知ってはいたが、
そこまで身近なものとして強く意識するということは私にはなかった。
一部の人々を除いておそらくみなさんも同じような反応だったと思う。
人気と信頼感のあるタレントが出てきて
「原子力エネルギーはクリーンで安全な私達に欠かすことのないエネルギーです。」
というCMをたまに見て、
「へ~、そうなんだ」と思うくらいである。
その裏にある膨大な電力利権のことなんか知っていなかった。
わたしはいつも集団にいるのが嫌だった。
なぜなら
自分がいやな時に、”いや!”と言えないからだ。
自分の感情を素直に表現するという人にとって当たり前のことが
集団にいると許されない。
集団化、同調圧力
言い方は何でもいい。
とにかく、集団になるとほとんどの人は
個人でいるときと表情を変えてしまう。
突如、集団のルールを無意識に適用してくる。
特に日本人はその傾向があると今でも私は思う。
95年も、2011年も
わたしたちは流されていた。
集団の中で、ひたされ流されていたと思う。
「騙された」なんて言葉は使いたくない。
オウムの事件は、
その危険性を察しながらも、ほとんど動けていなかった
警察の動きがかなり批判されている。
当時は
警察は介入し過ぎない
という方針が取られていたのか、
これでもかというくらいにオウムに警察は介入しなかった。
おそらく個人レベルの警察署員で「奴らはやばい」と思った人もいたかもしれないが
警察という組織の特性上、そんな勝手な行動は取れないなど
推して知るべしだろう。
「上が待て!」といったら
目の前で起こっている事がどんなあからさまでも
決して動かない集団の論理がここにもある。
個人よりも集団が優先される。
私が集団でいるのが居心地悪く感じる理由として
集団になると、1人1人に対するコミュニケーションが粗雑にならざる得ないからだ。
1対1よりも、間違いなく、相手の考えていることが分らなくなる。
そして、そんな1人1人のことよりも
何より「その場の雰囲気」という目に見えないものが優先されるのも
私が集団にいるのが苦手な理由でもある。
個人よりも「その場の雰囲気」や目には見えない「集団」の方が
大事になってしまう。。
犯行直前の実行犯のインタビューも読んだが
一人残らず
「麻原からのじきじきの命令で背けなかった。。」
と供述している。
また実行を命ずるときも敢えて
実行犯全員を集めて「やるか、やらないか」を迫り
その場の雰囲気からノートは言えなかった。。という実行犯もいた。
もしかしたら、世論からオウムへのいち早い危険シグナルが出ていたら
それに呼応し警察も早めに動き、
サティアンに突入し、サリンを押収できていたのかもしれない。
しかし、当時、テレビのバラエティにも出ていたオウムを
最初から疑いにかかる人は少なかったと思う。
「テレビに出てるんだから大丈夫でしょ。。」と。
これは、原発のCMで人気タレントによって
「原子力エネルギーはクリーンで安全なエネルギーです。」といわれて、
「そうよね~」なんて安心していたのと変わらないかもしれない。
やはり日本人は今も昔もことごとくマジョリティーのアナウンスに弱い。
集団のなかで孤独や非難にさらされても
自分の正しいと思う声を上げる というのが出てきたのは
ここに来てやっとというのが現状だろうか。。
福島原発がずいぶん前から老朽化されており、
その報告も何年も前に東京電力にされていたというのは
周知のことだと思うが、
やはりその時も電力会社は何も動かなかった。
そしてぼくらの大部分もも動かなかった。
ちなみに、3・11のあの日、
外国人のビジネスマンはすぐに成田空港に向かったが
東京で働いていた人々のほとんどが
「会社があるから・・」と言って動けなかった。
敢えて動かなかったというよりは、
動けなかった・・というのが正しい気がする。
私の考えでは
個人と集団のどちらが大切かと聞かれれば
間違いなく「個人」のほうが大事である。と答える。
それは自分が影響された教育からではなく
ほとんど直観でそう思うというのが正しい。
システムや組織に個人個人が犠牲になってたまるか・・という思いがある。
会社員時代によく
コミュニケーション力が持ち出される。
私も職場の先輩から
「お前は人と接するのがあんまりうまくないからな」
と言われたことがある。
わたしは決して、人と接するのは苦手ではなかった。
顔と顔を突き合わせて、1対1で話すのは好きなほうだし
かなり親密なことまでお互いに話し合える自信だってある。
わたしがうまくないのは、集団のコミュニケーションである。
うまくないというか、うまくなる事自体に興味がなかった。
しかし、会社員時代で言われていたこのコミュニケーション能力とは
「集団で使うコミュニケショーン」のことを言うらしかった。
さらにその先輩が付け加えるには
その集団コミュニケーション能力がうまくなるには
「自分のキャラを知って、それをわきまえた行動をすること」
ということらしい。
つまり、分相応なふるまいをするということだった。
周囲に求められたキャラクターの人間の役割をしっかりこなすこと。
彼らを裏切らない事。驚かせない事。安心させてあげる事。
それが集団においてコミュニケーション能力が高いということ。
後輩は後輩らしく振舞い、
先輩は先輩らしく振舞う。
上司は上司らしく振舞い
社長は社長らしく振舞う。
「ことしの理想の上司ナンバー1は?」
ああ、くらだない。。私はそう考えた。
人間なんて、ある特定のキャラがあるわけがない。
常に私達は変化し、常に揺れ動いている。
昨日まで良いと思っていたものが、今日は否となることだってある。
昨日までの自分とは違う自分で今日をスタートさせたいと思うことだってある。
上の指示が出る前に
「あの宗教団体は怪しい」と思って、たった一人でも行動したくなる時だってあるし
教祖や社長のじきじきの指示だからといって、「おれは断る」と言いたくなるときもあるし
テレビCMで原発のCMがやっていても、「これは地震がきたらアウトだろう」と思って
たったひとりで反原発の著名をはじめたいと思う人もいると思うし、
個人とはそういう素直な存在だろう。
集団で楽しそうにしている人間は
すべて偽っている人間だとは言わないが、
1人1人でいる人達の状態が最も彼らの素がでる状態なのは間違いないと思う。
きみはコミュニケーション能力が高いか?
という問いに対して、
集団においてなら、わたしはコミュニケーション能力が低いということになるし
個人においてなら、高くなろうと努めていると答える。
集団においてのコミュニケーション能力ばかりを私達は求めるが
その集団コミュニケーション能力の行く先は、
オウムによるサリンを許したり、原発が暴走するまで黙って見ている・・
ということではないだろうか・・
だって、わたしの先輩が言ったように
「人に求められているキャラクターをしっかりと演じること」が重要ならば
嫌だと言いたい時に、嫌だなんて言えなくなる。
わたしは小さいころから、今も変わらず
集団にいるのが嫌いで苦手だ。
別に一人が好きなわけじゃない。
集団でいるのが嫌だから仕方なく1人でいることが多い。
日本人は、集団の力でいまの地位を築きあげてきた。
それは盲目的に組織に追従することで生み出されるとてつもないパワーだ。
言い方を変えれば、和を成し、自己犠牲を厭わない。
外国人に聞けば、日本人は概ね好意的に見ている人が多い。
礼儀正しく、控え目で。。
それは合っている。と思うし、彼らが逢って来た日本人が好きだという理由もうなずける。
ぼくらは1人で1人の日本人として存在するとき、概ね魅力的である。
それが集団になるとけっこう変わってしまう。自分の個性をあっけなく潰そうとしてしまう。
それは日本人だけじゃないんだろうけど。。
先輩・後輩と言う関係がそもそも嫌いだった私は
会社員時代はそれをほぼ放棄した。
後輩から見れば
良い言い方をすれば「親近感のある先輩」
悪い言い方をすれば「なめやすい先輩」だった。
実際、なめたような態度をする後輩は多かったと思うが
自分のポリシー上、先輩の立場をかざして、ど突くことはしなかった。
なぜなら、自分が自分の上の先輩にも
そういう態度をとっていたと思うからである。
これでフェア―だよね。。という。
先輩・後輩という慣習が残る以上、
集団化や同調圧力もなくなりはしない。
上下関係は集団の論理と非常に馬が合うからだ。
オウム事件を取り上げたドキュメンタリー作家の森達也が2011年の去年に
オウムサリン事件に対して
ラジオ番組でこんな風に答えていたそうだ。
森達也「あたりまえだと思う。で、それだけじゃなくて、つまりこの事件によって日本社会、ずいぶん変わりました。あのーまあ簡単にいっちゃえば集団化ですね。つまり不安と恐怖を植え付けられたので、集団でまとまってこう動こうとそういった雰囲気がこの16年、とても強くなってます。まあ、それは震災もそうですね。あの、1番分かりやすい例え使ったら、9.11以降のアメリカがそうなんですよ。
怖いからみんなでまとまろうと。で、まとまるときに集団ってのは敵を見つけたくなるんです。もしくは集団内部の中で、異物を見つけたくなるんですね。それを攻撃したくなる。ま、アメリカまさしくそういう失敗してるわけですけれど。
あのー、メンタルな意味では、日本も僕は今同じだと思いますよ。集団化がどんどん強くなってますね。で、同調圧力も強くなってきている。
で、こういったまあ一番要因にあるのは、僕は、16年前のサリン事件であるように、きちんとそれを解明してこなかった司法とメディアの責任だと思います。ただそれは司法とメディアは国民の願望に従属したわけでね……。ってことはまぁ、全員の、これは僕も含めてもちろんね、全ての責任ですよ。
だからね、今からでも遅くないです。再審を麻原の再審認めてね。で、ちゃんと鑑定やって、あのー治療して、もう相当まぁあれからもう、5年間ほったらかしですからね、かなり進んでるとは思うけどできることはやって、で、もう1回裁判やりましょうと、ちゃんと何を考えてるのか何を狙ったのかね、あの、それを麻原にしゃべらせようと。そういった努力はすべきですよね。」
(TBSラジオ 「Dig] 引用サイト ざまぁみやがれ)
やはりというか、海外にきて日本のことを良く考える。
日本人1人1人は良い人が多くて好きだが、
集団になった日本人はあまり好きになれなかった。
そんな日本社会は個人的にはやはりストレスフルな社会だと思う。
システムというのを変えるには途方もない時間がかかるというか
ほとんど無理じゃないかと今では思っている。
今後日本人が集団を捨てて、個人を選択するのは
ほぼないと自分は思う。
だったら自分、個人はどう生きるかだ・・。
会社に入る前も、いろんな人から
「お前は会社員に向いていない」と言われた。
そして、彼らはやはり正しかった。
できないこともなかったが、やはり息苦しかった。
そうなると自分が自分の雇い主になるしかない。。
うん。
自分が「オウム事件」と「原発事故」が起こった成り行きに
強い興味があったのは
自分が日本でそれなりに、この「集団の論理」によって苦しみ、悩まされていたからだと思う。
これは海外でもそうらしいが、
「一人でいること」よりも「集団でいること」が社会では良しとされているそうだ。
「アメリカでもソーシャライズ(社交)が好まれる」と言っていた。
「そんなとこに1人でいないで、あんたも和に入りなさい。。」
そういう無言の圧力がこの社会にはある。
しかし入ったその先のなかで
どんな事が起こっているかは
ようくその目を見開いていたいた方が良さそうだ。
そうしないと、いつまでたっても被害者になってしまうから。
前にも ここで書いたが かれのホームページがあり それが 面白いから毎回チェックしている
その中に 面白い記事があったから 今回それを 皆さんに紹介したいと思う!
タイトルは ⬇
『オウム事件と原発事故の本質』
Posted on 2012年5月17日 MIXING WORLD :http://quitjapan.com/wordpress/
ちょっと固い文かもしれないけど 是非読んでいただきたい!! どうぞッ!!
"オウム事件の本質が宗教ではないように、福島原発事故の本質は原子力技術ではない。どちらも問題は日本型組織にある。遡れば、太平洋戦争の惨めな敗北の淵源もそこにあった。理不尽な組織運営がなされ、誰が見てもおかしな慣行が許され、ついに組織全体が滅びに至るまで自力では改められない。"
あるツイッターより
小さい頃から、群れるのが苦手だった。。
言い方を変えれば、集団の中に身を置く事に
強い拘束感と嫌悪感をいつも感じていた。
それは大人になって今も変わっていない。
組織というものが、それが例え学校のサークルのようなカジュアルなものでも苦手だった。
集団にいると、
自分が自分でいられないという不思議な現象が昔から起きていた。
それに強い違和感を感じていた。
自分としては、4人以上は何であれ、もう集団である。
先日、会社員時代の上司の方から
ポストカードのお礼のメールを頂いた。
会社員時代を振り返れば、
最初の1年目を除いて、
ことごとく様々な上司(副部長・部長)に恵まれた6年間だった。。
彼らはみな40歳以上のミドルだったが、
尊敬という言葉はまだ良く分からないので使えないが、
単純に人として好きだった。
それが僕が感じる「上司に恵まれたどうか」の基準だった。
成長とか尊敬とかは関係ない。
好きかどうか。仕事を抜きにして一緒にいたいかどうか。
それぞれ性格はまったく違う人たちだったが
いま振り返るに、どの人も
「自分はこうありたい」というものをもっていたような気がする。
その「こうありたい」が単なるエゴでなく、
インテリジェンスと渋さに裏打ちされていてそれが好きだった。
そして時には「集団」ひいては「組織」に
ノーと言える気概も持っていた。
会社員時代を振り返れば、
前述した上司の方々のように
ひとりひとりはみんな個性的でポリシーがあり
そしてそれに習って人生を生きている魅力的な人が大勢いた。
それは同期もそうだ。
みんな一対一で話す時はとてもディープで親密なとこまで行ける
魅力的な人が多かった。
しかし、みんなで集まるとなると途端に宴会芸みたいな雰囲気になって
みんな”ある”キャラクターに画一化される。。
それがいつも不思議で、そしてそれが微妙に嫌だった。
自分はいじられるキャラなので、それは最初はまあ良かったが
毎回毎回そんな感じだったので、非常に飽きてきた。
僕が過去に同窓会というものに顔を出したがらないというのも
ここらへんと関係がある。
お花見も川べりでのバーベーキューも苦手だろう。。
前回の記事で
1995年と2011年って何だか似てるよな~と思ったので
こんなことを書いている。
1995年は阪神大震災とオウムサリン事件があった年。
2011年は東北大震災と福島原発事故があった年。
地震と目に見えない毒ガスのようなもの。。
非常に酷似している。。
そして酷似しているのは何もこういうものだけでない。
事件の発生の原因も非常に似ている。
地震は天災なのでこれは仕方ない部分がある。
問題はサリンと福島原発事故のほうだ。
2・3年前にオウムの事件について、なぜだか興味が湧き、
いろんな書籍や動画を見て調べていた時期があったが、
オウム真理教という集団はすでにあのサリン事件が起こる前から
かなり警察によってチェックされていたらしい。。
そして、サリンという毒ガスについても
そのようなものを製造しているという事実が既に分かっていたと記憶している。
またオウム真理教という団体に関しても、
あのようなきな臭い動きに出る前は
教祖の麻原がテレビの人気お笑い番組に出て笑いを取っていたり
一風変わった怪しい宗教団体みたいな扱われ方で
メディアや国民に受け入れられていたような感じだった。。
みんなその時は、ノーマークだった。。
片や、原発事故である。
原発エネルギーというものがあるという事は
2011年以前から知ってはいたが、
そこまで身近なものとして強く意識するということは私にはなかった。
一部の人々を除いておそらくみなさんも同じような反応だったと思う。
人気と信頼感のあるタレントが出てきて
「原子力エネルギーはクリーンで安全な私達に欠かすことのないエネルギーです。」
というCMをたまに見て、
「へ~、そうなんだ」と思うくらいである。
その裏にある膨大な電力利権のことなんか知っていなかった。
わたしはいつも集団にいるのが嫌だった。
なぜなら
自分がいやな時に、”いや!”と言えないからだ。
自分の感情を素直に表現するという人にとって当たり前のことが
集団にいると許されない。
集団化、同調圧力
言い方は何でもいい。
とにかく、集団になるとほとんどの人は
個人でいるときと表情を変えてしまう。
突如、集団のルールを無意識に適用してくる。
特に日本人はその傾向があると今でも私は思う。
95年も、2011年も
わたしたちは流されていた。
集団の中で、ひたされ流されていたと思う。
「騙された」なんて言葉は使いたくない。
オウムの事件は、
その危険性を察しながらも、ほとんど動けていなかった
警察の動きがかなり批判されている。
当時は
警察は介入し過ぎない
という方針が取られていたのか、
これでもかというくらいにオウムに警察は介入しなかった。
おそらく個人レベルの警察署員で「奴らはやばい」と思った人もいたかもしれないが
警察という組織の特性上、そんな勝手な行動は取れないなど
推して知るべしだろう。
「上が待て!」といったら
目の前で起こっている事がどんなあからさまでも
決して動かない集団の論理がここにもある。
個人よりも集団が優先される。
私が集団でいるのが居心地悪く感じる理由として
集団になると、1人1人に対するコミュニケーションが粗雑にならざる得ないからだ。
1対1よりも、間違いなく、相手の考えていることが分らなくなる。
そして、そんな1人1人のことよりも
何より「その場の雰囲気」という目に見えないものが優先されるのも
私が集団にいるのが苦手な理由でもある。
個人よりも「その場の雰囲気」や目には見えない「集団」の方が
大事になってしまう。。
犯行直前の実行犯のインタビューも読んだが
一人残らず
「麻原からのじきじきの命令で背けなかった。。」
と供述している。
また実行を命ずるときも敢えて
実行犯全員を集めて「やるか、やらないか」を迫り
その場の雰囲気からノートは言えなかった。。という実行犯もいた。
もしかしたら、世論からオウムへのいち早い危険シグナルが出ていたら
それに呼応し警察も早めに動き、
サティアンに突入し、サリンを押収できていたのかもしれない。
しかし、当時、テレビのバラエティにも出ていたオウムを
最初から疑いにかかる人は少なかったと思う。
「テレビに出てるんだから大丈夫でしょ。。」と。
これは、原発のCMで人気タレントによって
「原子力エネルギーはクリーンで安全なエネルギーです。」といわれて、
「そうよね~」なんて安心していたのと変わらないかもしれない。
やはり日本人は今も昔もことごとくマジョリティーのアナウンスに弱い。
集団のなかで孤独や非難にさらされても
自分の正しいと思う声を上げる というのが出てきたのは
ここに来てやっとというのが現状だろうか。。
福島原発がずいぶん前から老朽化されており、
その報告も何年も前に東京電力にされていたというのは
周知のことだと思うが、
やはりその時も電力会社は何も動かなかった。
そしてぼくらの大部分もも動かなかった。
ちなみに、3・11のあの日、
外国人のビジネスマンはすぐに成田空港に向かったが
東京で働いていた人々のほとんどが
「会社があるから・・」と言って動けなかった。
敢えて動かなかったというよりは、
動けなかった・・というのが正しい気がする。
私の考えでは
個人と集団のどちらが大切かと聞かれれば
間違いなく「個人」のほうが大事である。と答える。
それは自分が影響された教育からではなく
ほとんど直観でそう思うというのが正しい。
システムや組織に個人個人が犠牲になってたまるか・・という思いがある。
会社員時代によく
コミュニケーション力が持ち出される。
私も職場の先輩から
「お前は人と接するのがあんまりうまくないからな」
と言われたことがある。
わたしは決して、人と接するのは苦手ではなかった。
顔と顔を突き合わせて、1対1で話すのは好きなほうだし
かなり親密なことまでお互いに話し合える自信だってある。
わたしがうまくないのは、集団のコミュニケーションである。
うまくないというか、うまくなる事自体に興味がなかった。
しかし、会社員時代で言われていたこのコミュニケーション能力とは
「集団で使うコミュニケショーン」のことを言うらしかった。
さらにその先輩が付け加えるには
その集団コミュニケーション能力がうまくなるには
「自分のキャラを知って、それをわきまえた行動をすること」
ということらしい。
つまり、分相応なふるまいをするということだった。
周囲に求められたキャラクターの人間の役割をしっかりこなすこと。
彼らを裏切らない事。驚かせない事。安心させてあげる事。
それが集団においてコミュニケーション能力が高いということ。
後輩は後輩らしく振舞い、
先輩は先輩らしく振舞う。
上司は上司らしく振舞い
社長は社長らしく振舞う。
「ことしの理想の上司ナンバー1は?」
ああ、くらだない。。私はそう考えた。
人間なんて、ある特定のキャラがあるわけがない。
常に私達は変化し、常に揺れ動いている。
昨日まで良いと思っていたものが、今日は否となることだってある。
昨日までの自分とは違う自分で今日をスタートさせたいと思うことだってある。
上の指示が出る前に
「あの宗教団体は怪しい」と思って、たった一人でも行動したくなる時だってあるし
教祖や社長のじきじきの指示だからといって、「おれは断る」と言いたくなるときもあるし
テレビCMで原発のCMがやっていても、「これは地震がきたらアウトだろう」と思って
たったひとりで反原発の著名をはじめたいと思う人もいると思うし、
個人とはそういう素直な存在だろう。
集団で楽しそうにしている人間は
すべて偽っている人間だとは言わないが、
1人1人でいる人達の状態が最も彼らの素がでる状態なのは間違いないと思う。
きみはコミュニケーション能力が高いか?
という問いに対して、
集団においてなら、わたしはコミュニケーション能力が低いということになるし
個人においてなら、高くなろうと努めていると答える。
集団においてのコミュニケーション能力ばかりを私達は求めるが
その集団コミュニケーション能力の行く先は、
オウムによるサリンを許したり、原発が暴走するまで黙って見ている・・
ということではないだろうか・・
だって、わたしの先輩が言ったように
「人に求められているキャラクターをしっかりと演じること」が重要ならば
嫌だと言いたい時に、嫌だなんて言えなくなる。
わたしは小さいころから、今も変わらず
集団にいるのが嫌いで苦手だ。
別に一人が好きなわけじゃない。
集団でいるのが嫌だから仕方なく1人でいることが多い。
日本人は、集団の力でいまの地位を築きあげてきた。
それは盲目的に組織に追従することで生み出されるとてつもないパワーだ。
言い方を変えれば、和を成し、自己犠牲を厭わない。
外国人に聞けば、日本人は概ね好意的に見ている人が多い。
礼儀正しく、控え目で。。
それは合っている。と思うし、彼らが逢って来た日本人が好きだという理由もうなずける。
ぼくらは1人で1人の日本人として存在するとき、概ね魅力的である。
それが集団になるとけっこう変わってしまう。自分の個性をあっけなく潰そうとしてしまう。
それは日本人だけじゃないんだろうけど。。
先輩・後輩と言う関係がそもそも嫌いだった私は
会社員時代はそれをほぼ放棄した。
後輩から見れば
良い言い方をすれば「親近感のある先輩」
悪い言い方をすれば「なめやすい先輩」だった。
実際、なめたような態度をする後輩は多かったと思うが
自分のポリシー上、先輩の立場をかざして、ど突くことはしなかった。
なぜなら、自分が自分の上の先輩にも
そういう態度をとっていたと思うからである。
これでフェア―だよね。。という。
先輩・後輩という慣習が残る以上、
集団化や同調圧力もなくなりはしない。
上下関係は集団の論理と非常に馬が合うからだ。
オウム事件を取り上げたドキュメンタリー作家の森達也が2011年の去年に
オウムサリン事件に対して
ラジオ番組でこんな風に答えていたそうだ。
森達也「あたりまえだと思う。で、それだけじゃなくて、つまりこの事件によって日本社会、ずいぶん変わりました。あのーまあ簡単にいっちゃえば集団化ですね。つまり不安と恐怖を植え付けられたので、集団でまとまってこう動こうとそういった雰囲気がこの16年、とても強くなってます。まあ、それは震災もそうですね。あの、1番分かりやすい例え使ったら、9.11以降のアメリカがそうなんですよ。
怖いからみんなでまとまろうと。で、まとまるときに集団ってのは敵を見つけたくなるんです。もしくは集団内部の中で、異物を見つけたくなるんですね。それを攻撃したくなる。ま、アメリカまさしくそういう失敗してるわけですけれど。
あのー、メンタルな意味では、日本も僕は今同じだと思いますよ。集団化がどんどん強くなってますね。で、同調圧力も強くなってきている。
で、こういったまあ一番要因にあるのは、僕は、16年前のサリン事件であるように、きちんとそれを解明してこなかった司法とメディアの責任だと思います。ただそれは司法とメディアは国民の願望に従属したわけでね……。ってことはまぁ、全員の、これは僕も含めてもちろんね、全ての責任ですよ。
だからね、今からでも遅くないです。再審を麻原の再審認めてね。で、ちゃんと鑑定やって、あのー治療して、もう相当まぁあれからもう、5年間ほったらかしですからね、かなり進んでるとは思うけどできることはやって、で、もう1回裁判やりましょうと、ちゃんと何を考えてるのか何を狙ったのかね、あの、それを麻原にしゃべらせようと。そういった努力はすべきですよね。」
(TBSラジオ 「Dig] 引用サイト ざまぁみやがれ)
やはりというか、海外にきて日本のことを良く考える。
日本人1人1人は良い人が多くて好きだが、
集団になった日本人はあまり好きになれなかった。
そんな日本社会は個人的にはやはりストレスフルな社会だと思う。
システムというのを変えるには途方もない時間がかかるというか
ほとんど無理じゃないかと今では思っている。
今後日本人が集団を捨てて、個人を選択するのは
ほぼないと自分は思う。
だったら自分、個人はどう生きるかだ・・。
会社に入る前も、いろんな人から
「お前は会社員に向いていない」と言われた。
そして、彼らはやはり正しかった。
できないこともなかったが、やはり息苦しかった。
そうなると自分が自分の雇い主になるしかない。。
うん。
自分が「オウム事件」と「原発事故」が起こった成り行きに
強い興味があったのは
自分が日本でそれなりに、この「集団の論理」によって苦しみ、悩まされていたからだと思う。
これは海外でもそうらしいが、
「一人でいること」よりも「集団でいること」が社会では良しとされているそうだ。
「アメリカでもソーシャライズ(社交)が好まれる」と言っていた。
「そんなとこに1人でいないで、あんたも和に入りなさい。。」
そういう無言の圧力がこの社会にはある。
しかし入ったその先のなかで
どんな事が起こっているかは
ようくその目を見開いていたいた方が良さそうだ。
そうしないと、いつまでたっても被害者になってしまうから。















































